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6/26/2016

「Brexitの決定:英国はEUの新たな最良の友人になる必要がある」byマルコム・チャルマーズ【前半】

 英国民投票の「離脱」という結果を受けて、マルコム・チャルマーズ(Prof. Malcolm Chalmers)RUSI副所長が、RUSIウェブサイト上に「Brexitの決定:英国はEUの新たな最良の友人になる必要がある(Brexit Decision: The UK Needs to Become the EU's New Best Friend)」というコメンタリーを寄稿していたのを紹介したいと思います。

構成は(1)序文、(2)政治、(3)経済、(4)新たな特別な関係構築、(5)欧州へのピボットとなっており、それなりに長いので(3)までを前半として、概要抄訳を紹介します。

(1)序文

1.英国民投票でEU離脱の意思が示された今、欧州との新たな協力モデルを作ることが、英国にとって戦略的政策の最優先課題だ。

2.NATOとEUを通じた国家間協力の制度機構化は、第二次世界大戦以来の大陸の安全保障を支える上で重要な役割を果たし、共通の課題に対処し競争的ナショナリズムを抑え込むことを可能としてきた。

3.欧州協力論は変わらず力強いが、制度機構の形は、新たな課題と新たな政治的現実に対応する上で変化する。英国と欧州のパートナーが直面する課題は、差し迫る英国のEU離脱を前にして、新たな協力の枠組みをどのように形成するかについて合意することだ。合意に至るのは容易ではないが、失敗のコストは、英国と欧州のパートナーにとって、高くつくだろう。

(2)政治

4. 英国は今EU離脱の道にあるが、目的地は不確実性に覆われている。先ず、国民的議論の中心は誰が次の首相になるかになるだろう。しかし、この議論はまた、政党間、ビジネス界そして一般社会での激しい議論と分断につながりそうである。欧州はこれからしばらくの間、英国の政治論議の中心になりそうに見える。この議論の主要な問いは、欧州との望ましい関係の性質についてになるだろう。

(3)経済

5.英国は、EUから流入する移民のコントロールを導入し、現在EUが握る市場規制を取り戻し、WTOのメンバーシップに基づいた貿易協定の交渉に向け速やかに動くことになる。

6.そのような政策の経済コストが、多くの予測者たちが現在予見しているぐらい大きいものと証明された場合、よりノルウェーとEUの協定に類似し、英国の規模と重要性を考慮にいれて修正された、新たな「特別な関係」を支持するよう政治指導者にますます圧力がかかるだろう。

7. そのような協定下で、英国は移動の自由継続とかなりの予算貢献の受け入れと引き換えに、EU市場への特権的アクセスを保つことになる。

8.多くの離脱支持者はそのような選択肢に猛烈に抵抗しそうであるが、国民投票後の急な景気後退という起こりそうな現実と、歳出削減と(または)増税の見通しが、どうであれ、より過激な離脱の選択肢の利点を説くことは難しくなる。景気後退は移民を減らし、移動の自由に関して変化の余地をもたらしそうである。

9.「特別な関係」オプションの包括的な原則は、英国は、いくつかの領域で現在加盟国として行っているよりも多くの国家的支配を行使し、しかし適切なところで多国間協力の利点を維持する、EUとの強い制度化されたパートナーシップを保つことを模索することである。このモデル上、英国はEUの最良の友人になりたいと熱望する。

10.他の欧州の指導者は、英国が完全に縁を切るのと新たな形態の密接な協力に動くことのどちらが好ましいかを独自に評価するだろう。彼らは強い国内の圧力、特にビジネス部門からの、英国との貿易コストの急激な増加を回避する協定に合意することを求める圧力に直面しそうである。

11.しかし欧州の政治指導者は、自国の欧州会議的な政敵が魅力的と思う前例を与えないよう、易々と英国を受け入れることに慎重になるだろう。

12.つらい景気後退が、難しい譲歩を受け入れるための英国への圧力を増やし、他方で英国の後を追おうとする他国を思いとどまらせるのに十分な痛みを負わせ、助けとなるだろう。
(4)と(5)は【後半】に続きます。

9/20/2015

シリアの現状、不介入政策の帰結

欧州の難民問題がここのところ話題になっています。泥沼の内戦にISの脅威に晒されているシリアや、シリアに比べればはるかにマシだけれども情勢不安定で過激派も入り込んでいるリビア、北朝鮮以上に自由のないアフリカのエリトリア、そのほかナイジェリアや、果てはアフガニスタンから、大勢の難民がドイツや北欧などを目指しています。

シリアでは、2011年の紛争勃発以来、20万人以上が死亡し、400万人を超える人が国外に逃れて難民となり、また国内避難民も相当数発生しています。昨日、ヨーロッパを訪問中の米国のケリー国務長官は、難民問題の深刻化を受けて、紛争を終わらせるための新たな外交努力を呼びかけました(BBC当該記事)。


反政府派の拷問、女性に対する暴行、市民への空爆、大量の殺戮、化学兵器の使用、ISの台頭。今日まで続き、なお好転の見込みが薄い惨状に、「早期に人道的介入をしていれば、あるいは阻止できたのでは」と考えさせられるところです。

(以下は過去にシリアに触れたものです)
「そう、シリアはリビアより難しく、ダルフールより酷くない。」(2011年11月30日)

「シリアに直ちに介入することが好ましくない8つの理由」(2013年8月29日)

「オバマのDo the stupid stuff」(2014年10月11日)

(↑のうち最後のエントリーについては、今月16日にロイド・オースティン司令官が上院軍事員会の公聴会で証言したところ、米軍が訓練したシリア反体制派のうち、対IS戦に従事しているのが4、5人だそうです。空爆についても、8月26日付けのNYTの報道によると、米中央軍が情勢分析の方古書で歪曲を行ったと指摘がなされており、米軍の対IS戦略が機能していないものと見られます。)

過去に、自分なりに情勢を分析した上で不介入を是としましたが、冒頭で挙げた死者数・難民数を見ると自問自答せずにはいられません。「これでよかったのか」と。これでいいわけがないのですが。各国の首脳や政策当局者が、当時介入しなかったのにはそれ相応の政治的、外交的、戦略的、あるいは法的な理由がありましたが、行動しなかった結果について重く受け止めなければならないでしょう。

今日のシリアはアサド政権、反体制派、IS、アルカイダ系のヌスラ戦線など諸勢力が入り乱れ、また外部の勢力もトルコ、ヨルダン、湾岸諸国、そしてイランが複雑に絡んでおり、一種のグレートゲームが展開されている状態です。また、アサド政権を後援するロシアと米国の利害の不一致もあり、「大国政治の悲劇」の犠牲でもあります。ある反アサド派で現在米国ワシントンD.Cに住んでいるシリア人によれば、オバマ大統領はこの問題で「イラン人に心配をかけることを望んでいない"President Obama does not wish to upset the Iranians"」というスタンスだったそうです。この男性は「オバマが外交を通じて平和の遺産を残したいことは理解できるけど、なぜ彼が独裁者との取引が平和をもたらsと信じているのか理解できない」と述べています。

シリア情勢を見ていると、冷酷な国際政治の現実と、理想の狭間で葛藤を覚えずにはいられません。

9/19/2015

集団的自衛権~通過点として

平和安全法制整備法案と国際平和支援法案が成立し、日本は限定的な集団的自衛権の行使が可能となりました。

5年前、私は戦争学を学ぶために大学院留学しました。その時はいつか日本が現実的な安全保障政策を持ち、多国間協調で国際平和により一層貢献するようになる日が来るだろうと思い、その日のために国際情勢を理解し安全保障に精通することが肝要だと考えていました。

4年前の秋、修士課程を終え論文を提出し終え、外務省から留学していたコースメイトとウクライナ、トルコ、ブルガリアの3か国を卒業旅行していたとき、イスタンブールからソフィアに向かう列車の客室内で、彼と日本のこれから、外交や安全保障について議論しました。その中には集団的自衛権も含まれていて、「首相の政治的決断で解釈を変更してやれるのだから、やるべきだ」という旨熱く語っていた覚えがあります。

正直なところ、かくも早く集団的自衛権の行使が可能になるとは予想していませんでした。英国で修行している時には10年以上かかるものと覚悟していました。数年前の自分であればもっと高揚していたのではないかと思いますが、今日という日を迎えてもこみ上げるものがないです。理由は色々考えられるのですが、最も大きいのはここが終着点ではないということでしょうか。

この数か月の議論の在り方は予想していたとおりで噛み合わず、少しでも政策論、安全保障の実りある議論が深まればよいという淡い望みは望みのままでした。戦後70年間にわたって軍事を忌避し放擲してきた日本の社会にあって、安全保障を正面から議論する知的基盤が存在せず、加えて安全保障への関心は経済や社会保障といった身近な問題と比較して圧倒的に低いことから、広範な理解を得るのが難しいのはやむを得ないものと認識しています。一方で、安全保障の世界にいる者として、様々なケースや欧米の研究などを紹介して少しでも参考にしてもらうという努力をしてこなかったのは怠慢だと反省しています。

今回の政府憲法解釈の変更、提出された法案は率直に申し上げると中途半端で、不完全な形のものだったと思います。しかし、集団的自衛権を行使可能とすることは国際社会において責任ある国家として行動する大前提で、また個別的・集団的を問わず自衛権は国際法上当然認められる国家の権利でありかつ国内法の制約に反しないものという考えから、成立を支持します。

メディアでは今回の政策変更を「大転換」「転換点」と表現する向きが多いです。確かに法案を巡る政治闘争が熱を帯び、政治的にはとても象徴的な法案であったでしょう。しかし、集団的自衛権を巡る課題と議論は新しいものではなく、湾岸戦争のトラウマ、PKO協力法成立と自衛隊の海外派遣、周辺事態法の制定、9.11同時多発テロとその後のインド洋・イラク派遣と、過去20余年の積み上げの延長線上にあるものでした。また、政治的なインパクトと裏腹に、例えば武力行使との一体化は従来通り避けるなど、法案による変化は騒ぎの大きさに比べると穏健なものでした。ただ、小さくても一歩は一歩であり、非常に重みのあるものでしょう。

集団的自衛権が限定的に解禁されたのは一つの通過点です。今回、安保法制が整備されたからといって、日本の安全保障や地域の安定が完璧になるものではありませんから、これからも恒久的な平和がより恒久平和に近づくよう、不断の努力が求められているのだと思います。2法案の成立はゴールではなく、集団的自衛権の行使という選択肢が増えた日本政府・国民双方にとって、これからがより重い選択を迫られより重い責任を負うことになります。海外での任務が増える可能性が以前より高くなった今、日本の安全保障政策や自衛隊はよりスタンダード化する必要性があり、そのための様々な法律と能力の整備が求められます。

集団的自衛権が行使可能となることで、政府が主張するように日本の安全保障にも資するでしょうし、同盟の双務化で日米関係が強化されるでしょうが、それだけに留まらない可能性が拡がると考えています。米軍以外との協力の余地が拡大することで、他の友好国との安全保障協力が発展していくことが期待されますし、日米同盟とANZUSやNATOのネットワークとを統合していく向きが出てきても不思議ではないと思います。このほか、同盟の双務化は沖縄ほかの駐留米軍のイシューにも長期的に影響を及ぼすのではないかと考えています。(詳しくは割愛します)

個人的には、将来スレブレニツァやダルフール、アレッポ、ホムスで起きたことを未然に防ぐ機会があるとき、日本が傍観せず行動できる国際コミュニティの一員であってほしいと強く願っています。22万人以上が死亡し、400万人以上が国外へ逃れて難民となったシリアを見れば、やや理想主義が強いことは否定できませんが。今の首相や政府の方針とは異にしますが、国際協調のもとで保護する責任(responsibility to protect)を果たし、人道的介入を行えるようにするのが積極的平和主義の一つの形であり、そのために集団的自衛権が不可欠だと愚考します。日本のケーパビリティーとキャパシティを踏まえた上で、可能な範囲で惨禍の拡大を食い止めることができれば、紛争の犠牲者を少なくすることができます。

いずれにしても安保法制は数多くある通過点の一つであり、ここがはじまりです。日本をしてforce for goodとする。この国の舵取りを過たすことなく、少しでも安全で少しでも良い世界にしていく。及ばずながら、私個人としてもその為にできることをしていく所存です。



8/19/2015

約1か月ぶりに安保法制をフォローする~PKO協力法編

 1か月以上間が空いてしまいましたが、今日から再開です。

 ちょうど国会審議で、駆けつけ警護に関する統合幕僚監部の内部資料が話題となっていますが、今日は国際平和協力法(PKO協力法)の改正についてフォローしていきたいと思います。

 PKO協力法の改正では、PKOに参加する自衛隊が実施できる業務の拡大と、非国連型(国連が統括しない)「国際連携平和安全活動」の新設の2つが大きな柱です。

 PKO業務は、従来、停戦監視や被災者支援を行ってきましたが、これに加えて安全確保、そして「駆けつけ警護」が業務に加えられることになります。

 「駆けつけ警護」について簡単に説明しますと、他国軍部隊や住民、NGO等民間人に対する武力攻撃が発生した際に、自衛隊が救援に当たるというものです。
 
 この「駆けつけ警護」や安全確保業務を可能とするにあたって武器使用基準で「任務遂行のための武器使用」を認めることとなります。

 これまでは「自己保存型」、つまり部隊・隊員の自衛に際してのみ武器使用が認められていましたが、救援という任務のための武器使用、場合によっては襲撃している武装勢力等に対する発砲等が可能となります。

  日本のPKO参加5原則(後述)では紛争当事者間の停戦合意がPKO参加の前提となっており、自衛隊や他国軍が派遣されるのは現に戦闘が発生していない地域ですが、政情の急変、紛争の再燃という緊急事態が発生した場合、自己保存はもちろんですが、紛争で危害が及びかねない住民等の保護が求められる場合があります。
 
 次に「国際連携平和活動」です。PKO、平和維持活動はその多くが国連の統括の下に実施されていますが、国連以外の主体、例えば地域機構が、平和維持活動を実施しているケースがあります。

 具体的にはソマリアでアフリカ連合(AU)が行っている「ソマリア平和維持活動(AMISOM)」が挙げられます。また、現在では国連PKOに移行していますが、西アフリカのマリ北部を過激派武装勢力が勢力を拡大した当初は、ナイジェリア等西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)によって編成されたアフリカ主導の軍事ミッション(AFISMA)が展開して事態に対応しました。

 このように、国連以外の枠組みでの平和維持活動、国際連携活動が行われるようになっており、それに日本も参加できるようにするというのが法改正のもう1つの目的です。

 ただし、なんでも「国際連携平和活動」ということで自衛隊を派遣できるわけでは、当然ありません。

 先ず、日本にはPKO参加5原則があります。

① 紛争当事者の間で停戦の合意が成立している
② 国連平和維持隊が活動する地域の属する国及び紛争当事者による我が国の参加への同意
③ 国連平和維持隊が特定の紛争当事者に偏ることなく、中立的な立場
④ 上記原則が満たされない状況が生じた場合、我が国の部隊が撤収できる
⑤ 武器使用は要員の生命等の防護のための必要最小限のものを基本とする

 これに加えて、「国際連携平和活動」参加のための要件が設けられています。

 簡単に並べると国連の決議、国連機関もしくはEU等地域機構の要請、そして平和維持活動が行われる国の要請がありかつ国連主要機関の支持があることです。

 PKO、またはこれに類する平和維持活動そのものは、「国際平和協力」であり国家として自衛権発動には当たらないですし、国連PKOはもちろんのこと、「国際連携平和活動」も国連決議等、国際法上合法、禁止されている戦争にはあたらないと理解されます。

 我が国においては派遣された自衛隊部隊が部隊・要員の自衛(正当防衛・緊急避難)においてこれまで武器使用を認めてきましたが、今後は業務の拡大に伴い、活動地域の治安が悪化した際にも武器使用が求められ、認められるケースが出てきます。

 国家としての集団的自衛権の発動(密接な関係にある国Aが攻撃を受けた場合に日本が共同対処する)ではありませんが、部隊レベルの集団的自衛権の発動(他国軍、住民、国連職員、NGO等民間人が危機にある際に派遣部隊が対処する)と言えるでしょう。

 PKO協力法関係は以上です。次ですが、「重要影響事態」に関する2つの法律、周辺事態安全確保法改め「重要影響事態安全確保法」と「船舶検査活動法」改正について見ていきます。



7/20/2015

平和安全法制整備法で改正される法律を今更ながら見ていく~自衛隊法編

平和安全法制整備法と国際平和支援法は衆議院を通過し、参議院に送られましたが、10本の法律をまとめて改正する(+附則によりさらに10本の関連法の技術的な改正を行う)前者は複雑です。

なので1本1本、今回の法改正で何がどう変わるのかを見ていきたいと思います。

本日は「自衛隊の任務、自衛隊の部隊の組織及び編成、自衛隊の行動及び権限、隊員の身分取扱等を定める」(隊法1条)、自衛隊法の改正について見ていきます。

今回の主な改正事項は

① 在外邦人等の保護措置 (新設、第84条の3、第94条の5)
② 米軍等の部隊の武器等の防護 (新設、第95条の2)
③  平時における米軍に対する物品役務の提供の拡充 (第100条の6)
④ 国外犯処罰規定の整備 (第122条の2)

です。これらは概ね集団的自衛権とは関係ない項目です。

集団的自衛権(存立危機事態)に関係する部分は後述します。

①「在外邦人等の保護措置」は

1)外国における緊急事態発生時に、
2)当該外国の当局が治安維持にあたっており、かつ、戦闘行為の可能性がない場合
3)当該外国の同意を得て、
4)邦人等の警護、救出、輸送その他の措置を自衛隊ができるようになります。

武器使用については正当防衛・緊急避難の場合に許容されます。

これは集団的自衛権の行使とは直接関係ない事項ですね。おそらくは中東や北アフリカ(アルジェリアやチュニジア)で相次いだ過激派組織による邦人テロ被害を受けて議論してきたものを、今回の法改正に盛り込んだのだと思います。

②「米軍等の部隊の武器等の防護」は、

1)共同訓練をはじめとする自衛隊と連携して日本の防衛に資する活動(現に戦闘行為が発生している現場で行われるものを除く)をしている米軍やほかの国の軍隊の武器等を、
2)米軍やその他の軍隊から要請があり、
3)防衛大臣が必要と認めた時に、
4)自衛隊が防護でき、
5)正当防衛・緊急避難に当てはまる場合には武器の使用も認められます。

表現がややこしいですが、1)の「自衛隊と連携して日本の防衛に資する活動(現に戦闘行為が発生している現場で行われるものを除く)」と5)の武器使用権限から、これも集団的自衛権の行使と関係ないものと判断されます。


③「平時における米軍に対する物品役務の提供の拡充」は、簡単に言えば「自衛隊の部隊と一緒の現場で活動する」米軍を新たに対象とします。具体的には次のシチュエーションで一緒に行動する米軍部隊が支援対象に追加されます。

1) 自衛隊施設や駐留米軍施設に対する破壊(テロ)のおそれがあるときの警護出動
2) 海賊対処行動
3) 弾道ミサイル破壊措置をとるために必要な行動
4) 機雷ほか爆発性の危険物の除去処理
5) 在外邦人等の保護措置
6) 船舶または航空機による情報収集・偵察活動

また、これらの活動に際して弾薬の提供が可能になります。そのほか、米軍施設に一時的に滞在する自衛隊と一緒にいる米軍が、自衛隊施設に一時的に滞在している米軍と同様に物品役務提供の対象となります。

ここで言う物品・役務ですが、「(武器をのぞく)補給、輸送、修理及び整備、医療、通信、空港及び港湾業務、基地業務、宿泊、保管、施設の利用、訓練業務、建設」を指します。


④「国外犯処罰規定の整備」では、

1) 上官の職務上の命令に対する多数共同しての反抗および部隊の不法指揮
2) 防衛出動命令を受けたものによる上官命令反抗・不服従等

が、日本国外においても国内同様罰せられるようになります。既存の条文の適用拡大です。

長くなりましたが最後に「存立危機事態」、本筋である集団的自衛権の行使に関係する改正です。

第76条の2が新設され、存立危機事態(我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態)にも、日本に対する武力攻撃が発生した際、すなはち個別的自衛権を行使する場合と同じく、「防衛出動」ができるようにするものです。

防衛出動にあたっては、「原則、事前の国会承認が必要」となります。例外として緊急で事前承認を得る余裕がない場合は事後承認となっていますが、これは従来の個別的自衛権に基づく防衛出動と同じ扱いです。

さて、ここまで自衛隊法の改正案について大まかに見てきましたが、集団的自衛権と関係しない項目もあり、要領を得ないところが多いと思います。

実はこれ以外にも、存立危機事態、重要影響事態に関係する事態対処法制や、PKO協力法の改正、国際平和支援法の新設を受けて条文が追加されたり変更されている箇所があり、そちらも参照しないと全貌を把握できないものとなっています。

(なので、最初に基本である自衛隊法改正を取り上げましたが、他の法律の改正について巡った後、もう1度カバーいたします)

最初に「複雑です」と記しましたが、これを広く国民に理解してもらうというのは極めて困難な作業です。

次回は国際平和協力法(PKO協力法)の改正箇所を見ていきます。



7/15/2015

政府の憲法解釈の歴史を今更ながら復習する(冷戦終結から現在まで)

山岡「この集団的自衛権は出来損ないだ。食べられないよ」

前編の流れをざっとまとめます。


① 日本国憲法審議過程 「自衛権(の発動としての戦争)も認められない」by吉田茂
② 朝鮮戦争勃発時 「集団的自衛権は国家固有の権利(共同行使説)」
              「集団的自衛権の国外での行使は認められない」
③ 1960年 「日本防衛のための米軍との共同対処は個別的自衛権」
④ 1964年 「他国防衛のための集団的自衛権の行使は認められない」
⑤ 1981年 「集団的自衛権を有しているのは当然だが、行使は認められない」


ベルリンの壁が崩壊しソ連が解体され、国際情勢が大きく変化した90年代の新たな世界で、日本では国連活動(多国籍軍)への協力という文脈で自衛隊の海外派遣が議論の対象となります。

1991年の湾岸戦争への対応が大きな問題になったことは言うまでもないでしょう。総額135億ドルの資金援助を実施したがクウェート政府からの感謝決議に日本が入っていなかったことが問題となりました。

90年代前半は多国籍軍へのアプローチと、PKO活動への参加の是非が大きなイシューとなりました。

先ず「国連軍」への対応として、(1)国連軍の指揮下に入る「参加」は、武力行使を伴うのであれば憲法上認められない (2) 国連軍の組織の外で行う各種支援を含む「協力」は、武力行使と一体化しなければ認められる。という統一見解が示されます。

「参加」と「協力」を分けた上で、後者は容認するという見解です。

PKOについては1992年に「国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律(PKO協力法」が成立します。2001年には、現在の内閣官房国家安全保障局長である谷内正太郎氏が、国会でPKOと集団的自衛権に関してつぎのように答弁しています。

「PKOは、国連が世界各地における地域紛争の平和的解決を助けるための手段として、実際の慣行を通じて確立してきた一連の活動であり、基本的に中立非強制の立場で行われるものであるから、このようなPKOへの参加は集団的自衛権の行使に当たらない」

また「武力行使との一体化」について、大森内閣法制局長官(当時)が96年に次の4つの判断基準を挙げています。

①戦闘行動の拠点と当該行動の場所との地理的関係
②当該行為の具体的内容
③各国軍隊の武力行使の任にある者との関係の密接性
④協力しようとする相手方の活動の現況等


すはわち、個別具体的なケースを見て判断すべきという方針です。

橋本、小渕内閣では、例えば後方支援としての米軍への武器弾薬の輸送は集団的自衛権の行使にあたらないという見解が示されました。

この「武力行使との一体化」の回避による活動範囲の拡大は、00年代の同時多発テロ以降のテロ対策特措法、イラク特措法における「非戦闘地域」という概念に繋がっていきます。

00年代、小泉政権とそれに続く第一次安倍政権では、「テロとの戦い」と、米国とのミサイル防衛(MD)の構築を背景に、集団的自衛権についての研究が行われます。

「憲法に関する問題について、世の中の変化も踏まえつつ、幅広い議論が行われることは重要であり、集団的自衛権の問題について、様々な角度から研究してもいいのではないかと考えている。」(第 151 回国会衆議院土井たか子議員提 出の質問主意書に対する答弁書[内閣衆質 151 第 58 号] 平成 13 年 5 月 9 日)


「大量破壊兵器やミサイルの拡散、テロとの闘いといった国際情勢の変化や、武器技術の進歩、我が国の国際貢献に対する期待の高まりなどを踏まえ、日米同盟がより効果的に機能し、平和が維持されるようにするため、いかなる場合が憲法で禁止されている集団的自衛権の行使に該当するのか、個別具体的な例に即し、よく研究してまいる」(安倍晋三首相の発言。第 165 回国会衆議院会議録第 3 号 平成 18 年 9 月 29 日)

このうち、ミサイル防衛について政府は2005年に自衛隊法を改正し、同法82条の3で迎撃手続きについて定めていますが、 同措置は
「自衛隊法上の任務として公共の秩序の維持に該当し、 あえて整理すれば、警察権の行使に相当するものと言ってよい」(大野功統防衛庁長官の発言。第 162 回国会衆議院会議録第 16 号 平成 17年4月1日)
と警察権の行使とし、集団的自衛権の範囲外に置くことでクリアしています。

2度の政権交代を経験した後、第2次安倍政権において再開された「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(通称、安保法制懇)が、2014年5月15日に報告書を提出します。(ちょうどこの1年後に「平和安全法制整備法」と「国際平和支援法」が国会に提出されます)

安保法制懇の集団的自衛権に関する解釈についての提言は次のとおりです。



「憲法第9条第1項の規定(「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」)は、我が国が当事国である国際紛争の解決のために武力による威嚇又は武力の行使を行うことを禁止したものと解すべきであり、自衛のための武力の行使は禁じられておらず、また国連PKO等や集団安全保障措置への参加といった国際法上合法的な活動への憲法上の制約はないと解すべきである」



「憲法第9条第2項は、第1項において、武力による威嚇や武力の行使を「国際紛争を解決する手段」として放棄すると定めたことを受け、「前項の目的を達するため」に戦力を保持しないと定めたものである。したがって、我が国が当事国である国際紛争を解決するための武力による威嚇や武力の行使に用いる戦力の保持は禁止されているが、 それ以外の、すなわち、個別的又は集団的を問わず自衛のための実力の保持やいわゆる 国際貢献のための実力の保持は禁止されていないと解すべきである」
これを踏まえて2014年7月1日に臨時閣議で決定された解釈が以下のとおりです。

「憲法第9条が,我が国が自国の平和と安全を維持し,その存立を全うするために必要な自衛の措置を採ることを禁じているとは到底解されない。一方,この自衛の措置は,あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命,自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫,不正の事態に対処し,国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として初めて容認されるものであり,そのための必要最小限度の「武力の行使」は許容される。これが,憲法第9条の下で例外的に許容される「武力の行使」について,従来から政府が一貫して表明してきた見解の根幹,いわば基本的な論理であり,昭和47年10月14日に参議院決算委員会に対し政府から提出された資料「集団的自衛権と憲法との関係」に明確に示されているところである。 この基本的な論理は,憲法第9条の下では今後とも維持されなければならない」

「我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず,我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し,これにより我が国の存立が脅かされ,国民の生命, 自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合において,これを排除し,我が国の存立を全うし,国民を守るために他に適当な手段がないときに, 必要最小限度の実力を行使することは,従来の政府見解の基本的な論理に基づく自衛のための措置として,憲法上許容されると考えるべきである」

「憲法上許容される上記の「武力の行使」は,国際法上は,集団的自衛権が根拠となる場合がある。この「武力の行使」には,他国に対する武力攻撃が発生した場合を契機とするものが含まれるが,憲法上は,あくまでも我が国の存立を全うし,国民を守るため,すなわち,我が国を防衛するためのやむを得ない自衛の措置として初めて許容されるものである」


いやはや長かったです。最初のと比較すると

「集団的自衛権の国外での行使は認められない」→要件を充たせば国外でも可。
「他国防衛のための集団的自衛権の行使は認められない」→基本的に変わらず。
「集団的自衛権を有しているのは当然だが、行使は認められない」→行使は限定的に認められる。

という変化でしょうか。

「自国と密接な関係にある外国に対する攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力を以て阻止する権利」を、「存立が脅かされ(中略)明白な危険がある場合において」行使できるというものです。


さて解釈の変遷をフォローし終えましたが、次回以降は、平和安全法制整備法案で、具体的に自衛隊法以下がどのように改正されるかを追っていこうと考えています。


7/13/2015

政府の憲法解釈の歴史を今更ながら復習する(憲法制定から冷戦終盤まで)

本日は衆議院で「安保法制」の中央公聴会が実施され、衆議院で「平和安全法制整備法案」および「国際平和支援法案」の採決が迫ってきています。

今回は戦後の政権における、集団的自衛権の解釈についてフォローしていきます。

2014年7月の政府の憲法解釈変更以来、各方面で取り上げられてきたことから既にご存知の方もいるでしょうが、現行憲法の審議過程、1946年6月26日の段階で、当時の吉田茂首相は「自衛権」について以下のように答弁しています。

「戦争抛棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定はして居りませぬが、第9条第2項に於て一切の 軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も抛棄したものであります。 従来近年の戦争は多く自衛権の名に於て戦われたのであります。満州事変然り、大東亜戦争然りであります」 (第90回帝国議会衆議院帝国憲法改正案特別委員会)

憲法を制定する前の審議段階での答弁、もっと言えばサンフランシスコ平和条約で再独立を果たす前の占領下における見解ということで、あくまで参考ですが、「個別的自衛権」も否定しています。


翌1947年5月3日に日本国憲法が施行され、それから約3年後、吉田茂は1950年2月3日、第7回国会において「国際連合憲章第51条で集団自衛権が認められているけど、総理は集団的自衛権を認めますか?」という質問に対し、

「当局者と しては、集団的自衛権の実際的な形を見た上で なければお答えできない」

と述べています。やはり主権回復以前なので参考程度です。ちなみに質問者は大勲位こと中曽根康弘議員(当時)でした。


集団的自衛権について、政府としてはじめて公の解釈を示したのは朝鮮戦争勃発、再独立と時代が目まぐるしく動いていた1951年です。

当時の外務省条約局長の答弁では、(1)集団的自衛権が国家固有の権利であること (2)集団的自衛権は一国の武力行使に各国が個別的自衛権を共同して発動するもの と捉えられていました。


ちなみに(2)は「個別的自衛権共同行使説」で、現在の公定解釈の「合理的拡大説」とは異なっていました。

1951年11月、「集団的自衛権は保有している」ことが明示されるとともに、9条2項を根拠に国外での行使が否定されました。当時は朝鮮戦争の真っ最中、念頭にあったのは朝鮮半島に海外派遣することを米国に要請される事態でした。


しばらく専ら「海外派兵」の文脈で集団的自衛権が議論されることが続きます。

1959年3月に、当時の林内閣法制局長官が「外国の領土に、 外国を援助するために武力行使を行うというこ と」は憲法で認められた自衛権の範囲外と答弁します。翌60年には日本を守るためにアメリカと共同対処するのは「個別的自衛権」だと明確にします。

同年12月、現在の議論でもたびたび援用される砂川事件の最高裁差し戻し判決が出されます。

「九条一項においては 「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」することを宣言し、 また「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決 する手段としては、永久にこれを放棄する」と規定し、さらに同条二項においては、 「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦 権は、これを認めない」と規定した。かくのごとく、同条は、同条にいわゆる戦争 を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているのであるが、しかしもちろんこれによりわが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく、わが憲法の平和主義は決して無防備、無抵抗を定めたものではないのである(中略)わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない(略)。すなわち、 われら日本国民は、憲法九条二項により、同条項にいわゆる戦力は保持しないけれ ども、これによつて生ずるわが国の防衛力の不足は、これを憲法前文にいわゆる平 和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼することによつて補ない、もつてわれらの安全と生存を保持しようと決意したのである。そしてそれは、必ずしも原判決のいうように、国際連合の機関である安全保障理事会等の執る軍事的安全措置等に限定されたものではなく、わが国の平和と安全を維持するための安全保障であれば、その目的を達するにふさわしい方式又は手段である限り、国際情勢の実情に即応して適当と認められるものを選ぶことができることはもとよりであつて、憲法九条は、わが国がその平和と安全を維持するために他国に安全保障を求めることを、何ら禁ずるものではないのである」
国家固有の「自衛権」についてはこれでクリアです。問題は「集団的」が含まれるかですが、この点は明示されていません。

時はさらに進みベトナム戦争の頃、「我が国が他国の安全のために兵力を派出してそれを守るとい うことは憲法第9条のもとには許されないだろうという趣旨で、集団的自衛権は憲法第9条で認めていないだろうというのが我々の考え方」と、他国防衛を否定する考えが定着します。

1981年の政府見解で、集団的自衛権の明確な定義(下線部)と、「保有はしているが行使はできない」という解釈が示されます。

「国際法上、国家は集団的自衛権、すはわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有しているものとされている。我が国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えている」(第94回国会衆議院稲葉誠一郎議員提出の質問主意書に対する答弁書 昭和56年5月29日)

朝鮮戦争、日米安保条約、ベトナム戦争といった節目ごとに議論がなされ、解釈が変遷を遂げてきました。国際的に米ソ冷戦期、国内では55年体制下で野党社会党が自衛隊を違憲、日米安保を破棄すべしとする勢力であった、そういう背景で政府解釈が示されてきたのですね。


長くなったので今回はここまでです。冷戦終焉後、自衛隊のPKOやらイラク戦争やらで、従来の日米だけでない、多国間の枠組みを見据えた議論が進んだ過去20余年については、次回以降取り上げます。